2026.08.03

世界観は答えのない生成画像に答えを与えて生まれる

生成AI画像には答えがない。それでも、どこかで完成を決めなければならない

生成AIは、画像を無限に作ることができます。

人物を変える。

背景を変える。

色を変える。

構図を変える。

光を変える。

少し指示を書き換えるだけで、また別の画像が生成されます。

便利である一方、そこには大きな問題があります。

終わりがありません。

生成AIは、どの画像が正解かを決めてくれません。

だから最後には、人間が答えを作る必要があります。

このAfterは、万人にとっての正解ではない

CUDIORAの画像を見て、違和感を覚える人もいるでしょう。

デザインの専門家から見れば、ダサいと言われるかもしれません。

アートの専門家から見れば、AI臭い、だから生成AI画像は面白くないと言われるかもしれません。

その評価を否定するつもりはありません。

この画像を、誰にとっても正しい完成形として見せたいわけではないからです。

CUDIORAが公開しているAfter画像は、普遍的な正解ではありません。

自分が伝えたい意味に近づけるために修正を重ね、最後に「このあたりで良しとしよう」と判断した結果です。

画像を作る前に、置き場所を決める

CUDIORAの画像は、画像単体で美しく見せることを目的にしていません。

最初に決めるのは、画像をどこに置くかです。

どのページに置くのか。

どの文章の近くで見せるのか。

その画像によって、何を説明するのか。

見た人に、どのような感覚を残したいのか。

サイト全体の中で、どのような役割を持たせるのか。

それを決めてから、生成AIに画像を作らせています。

そのため、画像制作におけるディレクションの8割は、最初のプロンプトを書く時点で終わっています。

プロンプトで重要なのは、形容詞を大量に並べることではありません。

画像に、どのような意味を持たせるかを決めることです。

AIが作る極端さを減らす

生成AIは、指示を極端に表現することがあります。

未来的にしてほしいと伝えると、何もかもを未来的にする。

物を増やしてほしいと伝えると、画面を物で埋め尽くす。

淡い青にしてほしいと伝えると、画像全体を均一に青く染める。

耳を澄ます人物を作ってほしいと伝えると、手を大きく耳に当てる。

集中している人物を作ってほしいと伝えると、必要以上に深刻な表情を作る。

こうした表現は、意味が分かりやすい反面、しつこく感じられます。

説明しすぎている。

演技が強すぎる。

象徴がそのまますぎる。

物が多すぎる。

色が強すぎる。

CUDIORAでは、こうしたAI特有の極端さを、修正によって少しずつ取り除いています。

無難にするだけでは、世界観は生まれない

ただし、違和感をすべて消し、自然で無難な画像にすることが目的ではありません。

生成AIが偶然作った違和感は減らします。

一方で、指示しなければ出てこないような違和感を、意図的に加えることがあります。

同じ人物を、複数のページに登場させる。

額縁や写真を、繰り返し使う。

淡いブルーの空間を、サイト全体に反復させる。

現実には少し不自然な物の配置を残す。

人物の動作を、少し象徴的にする。

一枚だけを見れば、少し変に感じるかもしれません。

しかし、同じモチーフや色、空間をページ全体で繰り返すことで、それはブランドの記号になります。

自然な写真を並べるだけでは生まれない、サイト固有の世界観が作られます。

AIが作った意味のない違和感を減らし、人間が選んだ意味のある違和感を加える。

それが、CUDIORAの画像制作で行っていることです。

一度の生成で完成することは、ほとんどない

画像の置き場所と意味を先に決めていても、最初から納得できる画像が出ることはほとんどありません。

人物の姿勢が違う。

視線の方向が違う。

手の位置が不自然である。

背景に物が多すぎる。

必要のない写真が並んでいる。

光が強すぎる。

未来的すぎる。

色が均一すぎる。

AIが勝手に加えた要素が、伝えたい内容を邪魔している。

こうした小さな違和感を、一つずつ修正します。

数回の生成で終わる画像もあります。

場合によっては、10回近く作り直した画像もあります。

さらに、生成だけでは直しにくい部分については、画像編集による削除、合成、色調整なども行います。

ただし、生成AIで作ったことを完全に隠そうとしているわけではありません。

画像を、そのページで果たすべき役割へ近づけることが目的です。

どこまで修正しても、画像は架空である

どれだけ修正しても、生成AI画像が架空の画像であることは変わりません。

そこに写っている人物は、実在しません。

その場所も、実在しません。

そこで起きている出来事も、実際に撮影された記録ではありません。

実在する社員、商品、店舗、建物を伝える必要があるなら、実際に撮影した写真を使うべきです。

しかし、考え方や抽象的な概念、企業の世界観を表現したい場合、撮影写真だけでは表現しにくいこともあります。

CUDIORAでは、現実を証明するためではなく、考え方を視覚化するために生成画像を使っています。

撮影した実データを使わないと決めた時点で、生成画像を本物の写真に近づけ続けることには限界があります。

AIらしさを完全に消すことに執着するよりも、架空の画像にどのような意味を与えるか。

その方が重要だと考えています。

理想的な撮影には、相応の予算がかかる

企業サイトの画像を本格的に制作するなら、撮影を行う方法があります。

フォトグラファーを依頼する。

モデルを用意する。

ロケーションを探す。

衣装や小道具を準備する。

アートディレクターが構成を考える。

撮影後に補正や選定を行う。

当然ながら、相応の費用が必要です。

サイト制作をローコストで行おうとしている小規模事業者や個人事業主が、画像制作だけに数十万円以上をかけることは、現実には簡単ではありません。

そのため、多くの現場では、ストック画像や生成AI画像を使うことになります。

これは手抜きとは限りません。

限られた予算の中で、現実的な方法を選んでいるだけです。

問題は、生成画像やストック画像を使うことではありません。

何も考えずに、それらしい画像を置いてしまうことです。

ストック画像にも、生成画像にも答えはない

ストック画像を使う場合にも、選択が必要です。

多くの企業サイトで使われている画像を選べば、安心感はあります。

一方で、他社と同じ印象になりやすくなります。

生成AIを使えば、他にない画像を作ることができます。

一方で、不自然さやAI臭さが残る場合があります。

どちらが正しいということではありません。

重要なのは、サイトの目的に合っているかです。

どの画像を選ぶか。

何を作らせるか。

どこに置くか。

他の画像とどうつなげるか。

どこまで修正するか。

サイト全体で何を繰り返すか。

こうした判断が、画像の価値を決めます。

完成は、発見するものではなく決めるもの

生成AIを使っていると、もう少しよい画像が出るような気がしてきます。

別の構図の方がよいかもしれない。

色を変えた方がよいかもしれない。

人物を変えれば、もっと自然になるかもしれない。

背景を整理すれば、さらに洗練されるかもしれない。

考え始めれば、終わりはありません。

生成AIは、こちらが止めない限り、何度でも次の案を作ります。

だから生成AI画像制作では、正解を発見しようとしてはいけません。

完成する地点を、自分で決める必要があります。

サイトの中で意味を持っているか。

伝えたい文章とつながっているか。

他の画像と並べたときに、同じ世界観が感じられるか。

自分が強く感じた違和感を、許容できるところまで減らせたか。

その条件を満たしたところで、

「このあたりで良しとしよう」

と判断します。

CUDIORAが行ったことを、正解ではなく一例として見せる

CUDIORAの方法が、唯一の正解だとは考えていません。

完成した画像を見て、好みではないと感じる人もいるでしょう。

もっと自然な写真を使うべきだと考える人もいるでしょう。

生成AIを使うべきではないと考える人もいるでしょう。

それでも、実際に生成AIやストック画像を使わざるを得ない人はいます。

予算が限られている。

撮影する時間がない。

抽象的なサービスで、撮影できる対象がない。

まだ存在していない構想を、先に視覚化したい。

そうした人が、どのように画像を考えればよいのか。

どのように指示を出せばよいのか。

どのような違和感を消し、どのような違和感を残すのか。

CUDIORAが実際に行った試行錯誤を、一つの事例として公開します。

ここで見せるAfterは、AIが出した正解ではありません。

無限に存在する候補の中から、人間が意味を与え、選択し、修正し、最後に完成と決めた画像です。

AIは画像を生成します。

人間は違和感を選別します。

人間は意味を加えます。

そして最後に、人間が制作を終わらせます。